5年間の投資と,万全の準備
新卒で入った 1 社目の日系大手通信会社では,日常業務で英語を使うことはなく,まして外国人と一緒に仕事をすることなど,一切ありませんでした.それでも,いつかグローバルな環境で仕事がしたい,できることなら海外に駐在したい——そんな漠然とした思いだけは,ずっと持っていました.定時後,週に一度,マンツーマンの英会話教室に通い続けました.当時の給料からすれば決して安くない投資でしたが,これが一番の近道だと信じて,5年以上は続けたと思います.テキストは徐々に上級のものに変わり,リスニングも安定してきました.外国人講師とのディスカッションにも,慣れてきた実感がありました.
できる準備は整えた上で,私は外資系のグローバル製薬会社 (ドイツ企業)にはじめて転職し,配属されたのは,購買部の直接材購買チームでした.
入ってすぐに戸惑ったのは,組織の複雑さでした.日本人の上司 (ソリッドライン)と,ドイツにいるグローバルの上司( ドットライン)という,いわゆるダブルレポートライン.それぞれに月 1 回の電話会議で報告を上げる必要がありました.加えて,現場である日本の工場は直接のステークホルダーでもありましたので,工場長への報告義務もありました.
日本人の上司からは,「最初はドイツ人の英語,わかりにくいと思うけど,すぐ慣れるよ」と言われていました.私は 5 年間準備してきた自身もあり,ドイツ語は英語に近いという思い込みもあり,正直それほど心配していませんでした.
入社直後,ある製品の製造拠点をドイツから日本へ移管するプロジェクトが動いていて,ドイツ側のプロジェクトマネジャーと日本の工場をつないだ電話会議が,頻繁に開かれていました.私も初めて,その進捗会議に参加することになったのです.
初めての電話会議.何も聞き取れなかった.
ところが,その電話会議で,先方が何を話しているのか,まったくわからないという状態が起こりました.その瞬間は何が起こったのかわからず,焦りだけで終了したのを覚えています.あとになって自分なりに理由を考えました.ドイツ人の英語は破裂音や無声音が強く,また鼻に抜ける話し方をするため,初めて聞いた瞬間,単語を頭の中で再構成することができない.さらに,母音をローマ字読みする習慣もあって,たとえばDataは 「ダータ」と発音する.そうした細かなズレが積み重なって,理解の欠損になっていくと分析しました.
なぜ工場のおっちゃん・おばちゃんは,ドイツ人と対等に議論できるのか?
だが,本当に驚いたのはそこではありませんでした.
そのドイツ人と,日本の工場のメンバーたちが,対等に議論していたのです.相手の提案に同意し,時には反対し,はっきりと意見を交わしていました.その工場のメンバーというのは,特別に英語ができるエリートでも何でもない.ごく普通の,地元のおっちゃん,おばちゃんたちです.彼らの英語は,決して流暢でも,文法的に完璧でもなかったですが,時には,「少し時間をください」とタイムを要求し,日本語ですり合わせを行ってから,相手に回答するなど,工夫と熱意をもってコミュニケーションをしていました.
私は十分準備してきたはずなのに通用せず,周りのメンバーは,ドイツ人と噛み合った会話をしている. 彼らはネイティブではない.相手もネイティブではない.それでも,議論は成立していた. 彼らは経験的に,ちょっとしたディスカッションの齟齬が後々重大なトラブルの原因となることがわかっているので,伝えるべきものは伝えるという信念がそこにはありました.
そのとき気づいたのは,グローバルコミュニケーション力とは,語学力のことではないということです.語学力を超えたところで,相手が何を伝えたいのかを理解しようとし,相手が受け取れる球を投げ,投げ返してもらい,そうやって少しずつ結論に近づいていく力のことではなかろうか.工場のおっちゃん,おばちゃんたちは,特別な英語力を持っていたわけではない.ただ,相手を理解しようとする力と,伝えようとする力を,人一倍持っていただけなのではなかろうか.そう考えたのです.
その後,私はこの会社に約3年在籍し,ドイツへの短期出向も経験しました.最初は聞き取れなかったドイツ訛りの英語も,繰り返し耳にするうちに,自分の知っている単語と結びつくようになっていき,十分にコミュニケーションが取れるようになっていきました.耳は,慣れる.けれどもグローバルコミュニケーション力は,現場で繰り返し使い続けなければ,決して育たない.
それが,私が学んだ“グローバルコミュニケーションとは?”であり,その経験がグローバルコミュニケーション道場の設計思想と結びついています.
※グローバルコミュニケーションは,異文化コミュニケーションや異文化理解などとも呼ばれることがあります.
グローバルコミュニケーション道場
代表 深見忠義





